その一
落胆する友人を食事や酒の席に誘うのは、大人の暗黙の了解である。

神田石町の軍鶏鍋屋の暖簾をくぐった北町奉行所定廻り同心、
ロイ・マスタングとその小者を務める少年、エドワードである。
ロイの行きつけであることから、二人は奥の居心地の良い席へと
案内された。
鍋の用意ができるまでと注文した料理の皿が片っ端から
きれいになっていく。
特別高級な店というわけではなかったが、食べ盛りの少年を
伴って訪れたことに、ロイは多少の不安を覚えないわけでもない。
(だが、ここは女連れでは来づらいからな)
着物に軍鶏鍋のにおいがつく、と文句を言われたことがある。
そういう気遣いのいらない相手であることは確かだ。
「あら、お珍しいお連れさんだこと」
なじみの仲居が鍋の材料を運んできた。
今まで黙々と皿と取り組んでいた少年が間髪をいれずに向き直る。
「父がお世話になっております」
「あら、こんな立派な息子さんがいらしたの?」
(…!)
エドワードお得意の嫌がらせである。
女性に色よい態度をとる上役の子供になりすますのは
彼の常套手段だ。
「じゃあ、きっとお佐和ちゃんはがっかりするわね。
彼女、旦那に岡惚れしてたから」
ああ、この間見かけた、可愛い仲居のことか…ロイは内心、
がっかりした。
そうこうする間に仲居はてきぱきと仕事をすませ、
「後で呼んでくださいね、お雑炊の支度をさせていただきますから」と
愛想笑いをして下がって行った。
「きさま!黙っていればいつまで息子に成りすましているつもりだ!」
抑えた怒号である。
「でもさぁ」
待ちきれない様子で鍋のふたを上げながら、一瞥して
「少年愛好の趣味を疑われるよりマシなんじゃねぇ?」
う、と詰まるロイである。確かに茶屋に蔭間といわれる少年をつれこむ趣味を持つ輩もいる。
「もう大丈夫みたいだぜ。いただきまーす!」
罪がないといえば罪がないが、愉快でもない同心の旦那である。

たらふく食べて軍鶏鍋屋を後にすると、
「もう一軒つきあえ」とエドワードを促す。
「大人の社会じゃ一軒で終わりなんてことはない。お前も覚えておけ」
「でも子供連れで、どこへ行くつもりさ?」
江戸は水路の発達した町である。大川の支流のひとつであろうか、
川べりの居酒屋へつれていかれた。客席から川を眺められる店である。
霊岸橋暮色  居酒屋(その2)