その二
「あら、八丁堀の旦那」
妙齢の女性が顔を出した。
「いつもの席は空いているか?」
「ご用意させていただきますよ」
先ほどの店の喧騒とはうってかわった静けさだ。
川の流れる音と柳の枝が風にそよぐ音が聞こえる。
「悪いが食事は済ませてきた」
女性は心得ている、とばかりににっこりする。
「ではお飲みになりますか?お連れさまは…」
小柄な上に見るからに剣術の稽古帰りの少年だ。
「今日は私も父上のお相伴をさせていただきます」
なるべくキリッとした感じで伝えてみた。
却下されるであろうことは覚悟の上であったのだが「承知しました」
えっ?と一瞬ききかえしてしまいそうになったが、
まぁ、こういうこともありだろう。
「他言は無用だぞ」
ロイに釘を刺される。
誰に言えるっていうんだ、と少年は考える。
彼の師匠はこの上役など、比べ物にならないくらい怖い相手なのだ。
酒の用意をして戻ってきた女性に
「こんな席はもちろん始めてね?」
と酌をされるエドワードである。
「はぁ」
恐る恐る口をつける。案外、甘いものだと気づくが、
喉を通ったあとの熱さには驚いた。
ここで咳き込んでは男子の恥と必死にこらえる。
そんな様子を微笑ましげに見つつ、ロイにも酌をし、女性は下がった。
「あの人にも手ぇ、出してるのか」
声をひそめて聞いてみる。
「おりうか。馬鹿な。
 女と見れば誰彼かまわずだとでも思っているのか」
「良さそうな人じゃん」
「そんならお前がやってみろ」
初めて味わう酒のほのかな酔いは、
夕刻の落胆など遥かかなたに追いやってしまうような心持がした。
あまり得意ではない上役との軽口も楽しかった。
だが杯が進むにつれて、少年はだんだん、おとなしくなった。
逆行して、また落ち込んでいるのではないだろうな、と
ロイが覗き込むと、頬杖をついて川風になぶられるのを
楽しんでいる様子だった。
「人の命よりも重いものってあるのかなぁ」
急に哲学的なことを口にする。
「そんなものを弄ぶことになっちまった人間には、
なくしたものを取り戻すなんてことはできないのかなぁ」
弱気になっているようには見えないが、
心の奥底に抱える不安は消えないのだろう。
「酔っ払ったか、鋼の。らしくもない弱気じゃないか」
「ふん」
鼻先で笑った。次の徳利が来たときには、もう返事がなかった。
「あら、つぶれてしまいましたか」
りうが笑いながら言った。
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