その三
「このままじゃ、お苦しそうだから」と半分折りにした座布団を枕に寝かせる。
「ご子息じゃ、ありませんね?」
「当然だ。いくつのときの子供だというのだ」と混ぜ返しておきながら
「小者で使っている少年だ。わけありでな、そんな腕だ」
りうが義肢をそっとなでた。
「あ、おりう、やつの左腕をみてくれ。どこかに怪我をしていないか」
二の腕にきつくさらしを巻いてあった。うっすらと血がにじんでいる。
「馬鹿め。刀傷だ。辛くないことはないだろうに」
一度引き上げた袖口を静かに下ろして、まるで自分が痛みを感じているかのように、りうは眉をしかめた。
「まだ子供じゃありませんか」
「だがそいつは並みの大人が追う以上のものを、その細っこい両肩に負うている」
手酌の杯をあおってロイが言う。
「それを他の誰かが代わりに負う手やるわけにはゆかぬ。最後まで自分で背負って歩くのだ。おりう、お前さんとて」
りうが薄く涙をにじませた目をあげる。
「そう軽いものを負うているわけでもなかろう?」
「同心の旦那は何でもお見通しってことですか」
自嘲的な笑みを浮かべて、りうは袂で目をぬぐった。
「ここにくるときは同心じゃねぇ。ただの人間だ」

先刻から他の客の姿はすっかり見えない。
「オレ達もそろそろ」
だが相方は一向に目を覚ます気配がない。
「これは無理ですね、旦那」苦笑いのりう。
「まさかおいて帰るわけにもいくまい。やれやれ、困ったな」
「うちの小僧をお供にお付けしましょう。おまちくださいましね」
りうが奥に下がったのを見て、ロイがエドワードを起こしにかかる。
「おい、鋼の。起きろ」
肩をゆすろうが、足を小突こうが、うんでもすんでもない。
昨夜は捕り物でほとんど寝ていないうえに、昼間の出稽古、そして酒まで飲ませてしまったのだ。これは起きないか。
(こいつ、普通の重さじゃないだろうな…)
結局、ロイがエドワードをおぶい、小僧が提灯を持って前を歩くことになった。ここから茅場町の道場にエドワードを送り届け、自分は八丁堀の組屋敷へ帰る。たいした距離ではない。
「平助、旦那のお供を頼むよ。今夜はそのままお帰り」
「へい」
呼ばれた小僧は、年のころはエドワードと同じくらい、柔和な笑みを浮かべている。
「この子はおつむのほうが少し軽いのですけれど、うちできちんと仕込んでありますから、お供には十分にお役に立つはず。素直で口の固い子です」
「そりゃ何よりだ」
平助のほうへ向き直り
「よろしく頼む」
「竹刀も私が持ちます。こちらへ」
「おりう、今夜の分はつけておいてくれ。また来るぞ」
「お待ちしております。どうぞご子息もまた、お連れくださいませ」
ロイは複雑な苦笑を返した。
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