その四
小柄だとはいえ、確実に大人になりかけている少年はやはり、軽くはなかった。しかも義肢をつけているので重さのバランスがとりづらい。
歩きなれるのに少し時間がかかった。
おぶわれている方は知ってか知らずか、心地よさげに寝息を立てている。いびきをかかぬことがせめてもの救いであろう。
「旦那、大丈夫ですか」
平助が気遣わしげに振り返る。
「大丈夫だ。この速さで行ってくれ」
「へい」
女だっておぶって帰ったことなんかないぞ、とロイは腹の中で毒づいた。
両肩に投げ出された腕の怪我をしているほうが気になる。どうもこいつは手前ぇの怪我に無頓着すぎる。他人のこととなるとやたらに気にするのだが、自分の身を守れない者を小者として使うことにいささかの不安を感じるのも確かだ。
(そのうち組屋敷に呼んで説教してやろう)
歩調に合わせて一度、背負いなおす。
背中の少年が、小さい子供がするように顔を肩にこすり付けた。

「着きましたよ」
平助が提灯をかざして止まった。
「弟が起きているであろう。小声で呼んでみてくれ」
平助はうなずいて、そっと戸をたたく。
「ごめんくださいまし。夜分に恐れ入ります、ごめんくださいまし」
戸の向こうで足音がする。
「オレが出る。ちょっと下がっていてくれ」
鎧の弟にこの暗がりで対面させるわけにはいくまい。
細くあけられた戸の隙間からのぞいたのは、やはり弟のアルフォンスだった。
「あけてくれ。お前さんの兄貴を背負っている」
「兄さんに何か?」
「いや、眠っているだけだ。受け取ってくれ」
静かに引かれた戸口から薄明かりがこぼれた。
「兄さん」
「悪いな、飲ませちまったんだ。師匠方に見つからないように寝せてやってくれ」
「背負ってきてくださったんですか。兄さん、重いのに…。ありがとうございました」
「なに、気にするな」
ここの師匠方にロイはあまりよく思われていないらしい。起こさないうちに早々に退散することにした。
「平助」
「へい」
「助かった。これは駄賃だ」
小銭を握らせた。
「ありがとうございます」
平助は例の微笑みでにっこりとした。
「またお待ちしておりますから、どうぞお連れ様もご一緒にいらしてくださいね」
「なぜ、みなやつにこだわるかな」
「楽しんでいらっしゃいましたから」
平助は温和な表情のまま、答えた。
提灯の灯りのなか、ロイは表情で問い返す。
「にぎやかにしていらしたわけではありませんが、楽しんでいらっしゃいました。私は奥から時々様子を伺っていただけですが、どのお客が楽しんでいて、どのお客がそうでないかはわかるんです。お連れの方はお疲れのようでしたけれど、楽しんでいらっしゃいました」
「だったら良かった。つぶしちまったが、酒を飲ませた甲斐があったというものだ」
平助はまたにこり、と笑って一礼し、提灯をロイに渡すと去っていった。
自分も組屋敷へ戻って休まなければ。ふと見上げる先に、ぼうっとうす赤く、花びらをほころばせ始めた八重桜が映った。染井吉野が終り、これからより華やかな八重咲きの桜が春を彩る。その花を、懇意にしている女にではなく、先ほどまで背中で眠りこけていた少年に見せたいと思った己に苦笑して歩き始めた。

居酒屋(その3)