1- (前編)

月初、3日の大総統府・錬金術師機関の経理室。
月締めの経費をまとめて決算書類に間に合わせるために、各人てんやわんやしている室内はどこも殺気立っている。
「ケイト、まだ明細回ってこないの?」
時計をちらりと一瞥して同僚のジュリアが訊いた。
この部署は国家錬金術師の個々人の経費をまとめるところ。研究費なんて大きいお金はもっと上の人が仕切っているのだけれど、月々の経費は私たちが毎月締めて決算に入れてもらうのだ。私は焔の錬金術師、マスタング大佐の担当。うれしくなーい。
いつもぎりぎりにならないと書類が回ってこないから。
「もう4時半を回っちゃってるし、しつこいけど、もう一度きいちゃおうかなぁ」
受話器を取り上げる。
「あ、すみません。錬金術師機関経理室のケイト・ナイバーグです。ホークアイ中尉おねがいします…え?今日は戻られないんですか?えーと、20日締めのマスタング大佐の経理証票とサマリーシートをお願いしているんですが…」
電話をかけながら先月の予定表を繰る。大佐は確か、先月後半に出張があって、そのときの証票も一緒にもらうはずなんだけど。
「中尉、どなたかに依頼していらっしゃらないでしょうか?ええ、今日が締めなんです。室長印まで取って回さないと本部の決算に間に合わないんで…中尉にもお願いしてあるんですが」
あの中尉がいいかげんな処理をして出かけるわけがないし。誰が頼まれてるのよっ!
「えっ?大佐ご本人がですか?」
一番聞きたくなかった答えが返ってきた。
「今はお席にはいらっしゃいますか?会議か何かで?…打ち合わせですか。長引きそうでしょうか〜…」
ああ、今日はもう残業確定。というか、本日中に帰れるのかしら?
大総統府の経理って何時までやってるのかなぁ、ぐすん。
「わかりました、これから伺います」
直談判で取りに行く。
「あの、ケイト先輩〜」
今年入った新人のアリーだ。
「大佐のところにいかれるんですか?」
「そうよ!中尉がお留守じゃ、待っていても回ってくることはありえないし!」
「多分、打ち合わせって…」
自分の担当している証票を差し出す。
「この人たちとだと思います〜」
こんな最悪のシチュエーションってありなの?エドワード・エルリック!
大佐が目ぇつけてるってコでしょっ??!彼が来てるといつも以上に大佐の仕事がはかどらないってホークアイ中尉がこぼしてる…。
「これを持ってもってきてくれたんですけど、中央滞在中ってきいてますから」
もちろん、管理しているのは兄貴じゃなくて弟の方。彼らはもれなくセット扱いだ。
「何かあったら連絡してください。こちらに3日ほど滞在する予定ですから」と綺麗に整理して締めた経理書類がアリーに手渡されたのは昨日。
いいなぁ、きっちりと仕上げられた証票類とサマリーシート。あの弟くんがチェックしているということは、おかしな伝票なんて入っているわけがない。それにひきかえ…。
「ま、いいわ。とりあえず行ってくる!」
「頑張ってください〜」
アリーの声援に右腕ガッツポーズでこたえてマスタング大佐の執務室へ向かう。

大佐直属のみなさんが中尉の留守をいいことに、なんとなーくだらだらと仕事をしている。こっちの方は決算なんて関係ないもんねっ!こめかみに青筋を立てて入っていく。
あ、この人は部署扱いの証票をまとめてくれる人だわ。フュリー軍曹。よし、この人なら私の苦労も少しは理解してもらえるかも。
「あの、大佐は?」
「執務室にいらっしゃると思うんですが…打ち合わせで」
「急ぎの用件なんですが、呼んでいただく訳には?」
あからさまに困った、という表情。
「大切なお客様かなにか…?」
「いやー、そうとも、そうじゃないとも言えるんですが…」
はっきりしないわね!ちょっと呼ぶくらい、いいじゃないのよ!
「あの、お客様でしたら、メモを差し入れていただくということでも。経理の締めの件なんです。今日中に本部に回さないと決算が。大佐もご存知のはずです」
私が入っていってもいいんなら、入ってっちゃうわよ?ドアに近寄ってみる。
「あー、じゃあオレが呼んでみましょ」
くわえ煙草の人。この際誰だっていいわよ。
「大佐〜、大佐〜!あけますよ〜!」でっかいこぶしでドアをドカドカ叩いてる。
大事な客じゃないじゃん!こんなぞんざいな呼び方で。
「中尉が言ってた経理の件で経理室のひとが来てますよ〜!」
あけますよって言う割にあけないのね。変な人たち。
「ちょっと待ってね、今、出てくると思うから」
こういう調子だから書類も上がってこないんじゃないの、ほんとにもう。
中でごそごそ言う音がしている。なに、ごそごそすることがあるのよ。
ひとしきり、ごそごそした後でドアが開いた。「入りたまえ」
えらっそう〜〜!

「失礼しまーす、錬金術師機関経理室のケイト・ナイバーグ、入りまーす」
一応、にこやかに取り繕ってみる。大佐だしね。無能って噂も聞いてるけど。
「ホークアイ中尉からお聞き及びと思いますが、20日締めの経理証票とサマリーシートをいただきに参りました」
うわ、未決箱、山じゃん。一抹の不安…。
あれ?子供がいる。打ち合わせって、やっぱりアリーの担当してる鋼くんとか。
笑顔で会釈なんかしてみたりする。あ、ども、みたいな返礼。
「ああ、聞いてるよ」
「それと併せてご出張の時の証票類も今日までにまとめていただけることになっていたのですが」
大佐が出してきた証票類は…なによこれ?
「まとめて頂いては…?」
「すまない、出張が長引いたので、その処理等々に手間取ってこのありさまだ」
うずたかく詰まれる証票の山…。目眩と耳鳴りがした。

「ぜんぜんなんですね…綺麗さっぱりと未着手…」
「いや、本当に申し訳ない」ぜんぜんそんなこと、思っていない風。
決算、間に合うのかなぁ〜〜!(泣)
いや、泣いてる場合じゃない!とにかく、関連証票を全部出させて、やることやらなきゃ!
「…これで全部ですか…?」
「ちょっと待ってくれ」またごそごそが始まった。
おいっ、まだ出るのかっ!こめかみ、ぶちきれそうだ。
すでに出ている証票がデスクの片付いていない書類がまぜこぜになるのは避けたい。
「失礼します」
慇懃な圧力で応接セットで暢気に茶ぁ飲んでいる若い国家錬金術師を退ける。
応接テーブルに移動させた証票を出張のものとそうでないものに分別して、時系列に並べて…「大佐、失礼ですが!こちらで出張の時の証票をピックアップしていただけませんかっ?!」すごい態度だと自分でも思う。でももう、なりふりかまっちゃいられないわ。
分けた証票に何の費用であるかのメモを取る。
明らかにわかる交通費なんか、どうでもいい。ひっかかりそうなものをきちんとさせて経理室へ戻らなければ。くらくらくら。

「この伝票はどういう経費ですか?」
ラヴィアンローズ。怪しい〜。一体、何の店よっ?
「接待費…だな」
「ご飲食をされたのですか?ちょっと金額が大きい気がしますが」
10万センズオーバー。飲食だけでか?
「人数が多かったのではないかな」
「お二人様、と明記されてます」
奥の席に押しのけられた鋼の錬金術師がくくっと笑う。
「同じ日にもう1枚、お食事をされた記録がありますね。夕食はこちらのようですよ」
4名で5万センズ。まあ、そんなところか。
「これは経費で落ちないかもしれませんね〜、私もわかりませんので、室長に確認させていただきます」とクギを差しつつ、ラヴィアンローズの伝票はこちらで回収。後で店に電話して確認してやる。
「あ、ではそれはこちらへ返してくれ」焦った様子。
「いいえ〜、計上できるようなら、計上させていただきますから」意地悪だ。
「それにしても…お食事接待、今月もたくさんありましたね〜、本当にお疲れ様です」
嫌味を言いつつ、伝票類を束ねていく。メモの落ちているものはないか、チェックする。
「大佐、今日は何時までいらっしゃいますか?」
「夕食のアポイントメントがあるので、6時には出たいと思っているが」
こいつとかよ、と少年を一瞥。
「困りますわ〜、まとめてサマリーシートにしたところで大佐の承認サインがなくては室長にも認めてもらえませんし、もちろん本部へもまわせません」
「じゃあ先にサインしておいても…」
「そんないいかげんなことをすると、あとで私がホークアイ中尉に叱られます」
ぴしり。中尉の名前を出すととても聞き分けが良い気がするわ。
「私も一生懸命にやりますから、よろしくお願いします」とにっこり。
あとで外の人にも頼んでおこう。不安はあるけど…。
「大切な打ち合わせの途中で、失礼をいたしました」
と一礼。鋼くん、ごめんね、と腹の中で思いつつ戦利品をもって執務室を出る。
「あのー」と先程のくわえ煙草の人を捕まえて
「大佐にこの経理書類をまとめたところで、今日中に承認サインを頂かなくてはならないんです。申し訳ないのですけれど、大佐がお帰りにならないように…お願いできませんか?」
なんだよ、オレも残業かー、とぼそり。
でも人の良さそうな笑顔で「あんたも大変だな。見張っとくよ」といってくれた。いいひと。笑顔もちょっとステキ。
さて、さっさと片付けちゃいますか!
錬金術師機関経理部 1-(後)