1- (後編)

「ええと、そちらさまはどういったお店ですか〜?」と無邪気なフリをして例のラヴィアンローズに電話してみる。
「ええっ?うち?うちは殿方を接待する店ですよ」
だからさ、どういう接待?
「とおっしゃいますと〜、どのような〜?」
「ですからねー、きれいどころとステキな一夜を過ごすという…」
「お酒を頂くお店ですか〜?」いいかげんに自分でもバカなんじゃないかと思えてきた。
「じゃなくてー、お嬢さん、なんつったらいいのかなー」
「妓楼ってことでしょうか〜?」我ながらなかなか雅な言い回しだ。
「ああ、そんな言い方もしますかねー」
「ありがとうございました〜」ガシャン!!
ばっかやろう、女郎屋の伝票、まわすんじゃねぇっ!

「それはケイト、すごいところに乱入しちゃったわねぇ〜」
ジュリアとアリーが残業を手伝ってくれている。友達って本当にありがたい。
「え、何が?ただの打ち合わせ中だよ?」手と口と、一緒に動かす。
「だから。そのごそごそってのが怪しいと思わなかったの?」
え?手と口と、一緒に止まる。
ジュリアは2年先輩。府内の情報通だし…。
「ドア、すぐに開けなかったんでしょ?別に術師同士の打ち合わせなんて、軍部内の打ち合わせと同じじゃないの。そんなに勿体つけるなんて。おかしいわよ」
えええ?
「鋼くん、手篭めにされてたんじゃないのぉ〜?」

やっとまとまった時には10時を少し回っていた。遅くまで残っていてくれた本部にもギリギリで受け取ってもらえそうだ。
少年が手篭めにあっていたらしい部屋へ戻る。女だから大丈夫だろうけど、こんな時間にそんなところへ行くのは気が進まないなぁ。
ああ、煙草の人。ジュリアに聞いたんだわ、ええと、ハボック少尉。
「あ、終わったの?ごくろーさん」彼もお疲れのご様子。
「ありがとうございました、おかげさまで」
「大佐、執務室にいるよ」
「あの〜、お一人ですか?」
「もうみんな、帰っちゃったからね〜」
「見張りなんか、お願いしてしまってごめんなさい」
「あ、そういうことじゃなくて」またにこっとした。ほんとにこの人の笑顔ってかわいい。
「大佐もお一人で…?」
あ、なにか入れ知恵されてきたねー、と笑われた。
「大丈夫。一人でいるよ。エドは宿舎へ戻ったし」
キミが心配しているようなことはないよ、とくわえ煙草の不明瞭な言葉。
ちょっと安心。変だけどね。
「失礼します、錬金術師機関経理室のナイバーグです」
ノックの後、一応返事があったので入っていく。
デスクでふてくされてるんだか、眠いんだか、みたいな風情の大佐。
「遅くまで待って頂いてありがとうございました。目を通していただいてからサインをお願いします」書類を差し出す。
すねられても。あなたがサボっていたせいなのよ。
「ああ、ありがとう、そこにかけて待っていてくれ」
応接セットを指す。ここって……うーん…まぁ仕方ないか。
年齢の割に高い地位についている人。童顔なのよね。いろんな噂がある人だけど、本当のところ、どうなのかしら。ちょっと見、かっこいいのにな。術師としてもかなりの腕前らしいけど、私が定年まで勤め上げたところで見ることはないわね。それにしても、軍隊の男性が男同士でっていうのは当たり前らしい(これもジュリアの入れ知恵)だけど、本当なのかしら。だってだってだって、さっきの鋼くんなんか、ほんとに子供だし。
「ナイバーグくん」
大の大人が子供相手に何するって言うのよ?しかも男同士で。いや、男女にかかわらず、子供が好きっていう嗜好の人はいるのよね。理解できない世界だけど…でも少年愛みたいなのって昔っからあることだし。そういう意味ではすごぉく歴史のあることなのよね。ましてや軍隊だし。
「ナイバーグくん!」
え?っていうことは、ここに配属されてる人たちにもその気のある人が沢山いるっていうことなの?やだっ、私ったらすごいところで働いてるってこと?軍で働くって言ったときに親にものすごく反対されたのはこういう意味もあったのかしら?ええっ?じゃあ、あの笑顔のかわいいハボック少尉も実は女性よりも…
「ケイト!!」
はっと我に返った。
「遅くまで仕事をさせて申し訳ないが、呼んだら返事をしてもらえないか?」
「ああ、すみません、本当にぼうっとしちゃって」
妄想でぐるぐるしていたなんて、とても言えない。
「きちんとまとめてもらえているようだ。ありがとう」
サインをして返してくれる。
「やはり室長はあの証票を却下したかね」
やっぱり気にしていたわね。
「…大佐、ご自分で使ったものではない費用をおっつけられましたね?」
実はあの店にもう一度、電話をした。支払いをしたのと、利用したのとは別の人間だったと店主が覚えていた。軍関係者だしね、記憶にも残っていたんでしょうよ。
若手でやり手で、敵も多いって言うことなのね。確かめたら確かにこのとき、彼は二人の上司と同行していた。
「室長にはまだ、お話していません。私が店主と直接話しました。これをそのまま計上するわけにはいきませんから、飲食費として人数を増やしてもらって領収証の再発行の依頼をしています。今月分のもれとして、来月計上で処理します」
ニヤリ。なんだか二人で微笑み?あっちゃった。
「いつもこんなことが出来るとは限りませんし、来月、室長に問い詰められたら、そのときには、大佐、援護をお願いしますね」
「キミは実に有能だ。担当してもらえて嬉しい限りだ」
私はうれしくないよ。こんな残業させられてさ。
「来月からは、もう少しお早くお願いします」
「それはどうしようかな。一緒に残業するのも悪くないな。キミがここで仕事をしてくれたら…」「お断りします」
こんなこったから、変な伝票をおっつけられたりするのよ!
「本部を待たせていますので。ありがとうございました」

昨日はあれから手伝ってくれたジュリアとアリーとで食事をして、やっぱり帰宅は翌日になってからだった。だからといって本部から確認が入るかもしれないし、お休みするわけにはいかないのが辛いところ。寝不足〜。
例の伝票のこともあるのでホークアイ中尉に時間を作ってもらって部署へ伺う。
「昨日は申し訳ないことをしてしまって」
中尉が自らお茶を入れてくれる。部署内のミーティングブースでお話しているのだ。
「いえ、無事に決算に間に合わせることができましたし」
おもむろに取り出す伝票。事情を説明する。
「…というわけで、差し替えになります。差し替えれば多分、怪しまれずに計上できると思います。一応、今回の計上でぶつからないところに日付も変えてもらうことになっていますし」こんなのってまずいんじゃないかと私も思うんだけど、私費で10万センズオーバーは大佐だって嬉しくなかろうし。
「あなたにも変な気遣いをさせてしまって、申し訳ないわね」
「いえ、こういうこと、たまーにある人もいるみたいですし、本当に問題なのは上層部の行動ですから」あ、ちょっと偉そうだったかしら。
とりあえず、お疲れ様でしたとの労いのお言葉とともに、幸せな気分でお茶を頂いているところへ元気な子供&鎧が。鋼くん兄弟だ。
「中尉、おはようございます」
弟くんは礼儀正しいので有名だ。さすがにあの書類を準備するだけのことはある。
「あ、昨日の経理の」
兄貴の方も覚えていたらしい。
「昨日は失礼をいたしました」と下手に出ておく。
こんなチビでも少佐相当位なんだってね。なまいきー。
「決算、間に合った?」
「はい、おかげさまで」
「オレもあそこでなくした宿舎の鍵、あのあとみつけてさ。良かったね、お互いに」
無邪気に笑っている。あ、こいつ、あの「ごそごそ」の言い訳してるのかしら?
ほんとか〜、嘘くさいぞ、小僧!
「それはようございました。私も気になっておりました」
じゃ、と二人は大佐執務室へ向かう。おいおい、気をつけなさいよ。
「あの、中尉…」
声を潜めて訊いてみる。この際だし。これ以上、もやっとしたくないし。
「大佐はあの…彼を…そのぉ〜、犯罪的なやり方で…」回りくどい。
「ああ、そのこと」
中尉も額に手をやって表情を曇らせる。
「悪い噂が横行しているのよね。大佐は確かに彼の上司で接触も多いけど、私の目の届く範囲内ではエドワードくんの安全は確保されていると思ってくれていいわ」
う、微妙。目の届かないところでは何をやってるか、わからないってことですか?
「中尉、彼女、昨日からちょっとビビってるらしいんスよ」
あ、ハボック少尉、余計なことをっ!
「軍隊=みんなホモってことじゃないからねっ」肩をばしばしと叩かれた。

「ほんとにそうなのかなぁー」
疑惑は簡単に晴れなかった。だって歴史あることらしいし。軍隊だし。
「なのにオレがデートに誘ったら応じてくれるって、ちょっと矛盾してない?」
向かいの席でハボック少尉、もといジャンが笑った。
錬金術師機関経理部 1-(前)