前編

千載一遇のチャンスは昼時の賑わう軍施設内のカフェテリアに訪れた。

その日、彼は寝不足だった。
かねてより依頼していた禁帯出秘扱い文書の閲覧を翌日に許可されており、そのためにと今まで閲覧した書類のさらったり、他の書類に目を通したり、と明け方までごそごそしていた。早く寝ろと気遣う鎧の弟の言うことも聞かずに。
「お日様の顔を見てから寝るのは幽霊と泥棒だけだよ」
憎まれ口を利かれつつ、ほんの少しの仮眠を取っただけで昼前には司令部に出てきた。
「では、午後一番で閲覧できるように準備をしておきます」と係りの職員に言われた。
それなら先に食事を済ませるか、とカフェテリアへ向かった兄貴である。
席をとっておくよ、弟はテーブル席へ。

12時前であったが、すでにかなりの混雑だった。
軍隊の大柄な男連中がわさわさと集まる場所で小柄な兄は難儀していた。
いつもなら、もれなくセットのガタイのでかい鎧の弟がいてくれるおかげで人ごみにつぶされることもないのだが。
単独行動は不利だな、やっぱりアルとセットじゃないと、と考えて、う、これって自分がチビだって認めたことになるんだろうか?と己に問い返す。思春期の少年は複雑だ。
寝不足で朦朧とした頭でそんなことを考えつつも行動パターンは前体重、人のいない方へ突き進んだのが間違いだった。
すらりと長身のマクシミリアン軍曹のみぞおちに顔から突っ込んだ。

奥のほうがいやに騒々しい。テーブルで待つ弟にもその騒ぎは聞こえていた。
絶対に兄さんが絡んでる。本当に一人で食事もできないんだから、と騒ぎの渦に飛び込んでいく健気な弟である。
「うわ、兄さん」
けっこうな惨事だと思った。
マクシミリアン軍曹はぶつかられたはずみで持っていた器を兄貴の頭の上からぶちまけてしまった。トレイを使っていれば、もう少し被害が少なかったかもしれないところだったが、残念ながら使っていなかったので。本当に綺麗にかぶった状態だ。
中身がまた悲惨だ。カレーうどんだった。
カフェテリアになぜカレーうどんが?と思ってはいけない。何でもあるのがこういうところだ。
「大丈夫?火傷しなかった?」
大きい割に神経細やかなマクシミリアンである。いや、軍部でいろいろな噂を聞くこの少年にカレーうどんをぶっかけちゃったというので、かなり恐れ入っている。上司のあの男から仕返しされるかもしれない。
「あ、いや、大丈夫。こっちも考え事してて…」
あわや大騒ぎ、というところだが、寝不足の朦朧状態が功を奏して反応もおとなしい。
「あーっ、大丈夫ですかーっ!」
人だかりの中から顔を出したのはフュリー軍曹。午後からの外出に備えて早めに食事にきていた。
「フュリー軍曹、こんにちは」冷静な挨拶を返す弟。
「大丈夫みたいです。とりあえずシャワーを使わせてもらっていいですか?」
こんなどろどろの兄貴、どうしたらいいんだろ。
弟は片付ける段取りを考えた。午後一番で書類の閲覧だし。
「着替えがいりますよね。僕の軍服、クリーニングしてあるのがありますから持っていきます。彼には大きいかもしれないけど」最後の方は小声で。
「すみません、助かります」
どろどろしている兄貴を立たせる。カフェのおばちゃんが、ここはいいから早く行きなさいと片付けてくれる。
「ええと、」と目線がほぼ同じ下士官に話し掛ける。
「マクシミリアン軍曹だ。本当にすまなかったね」
「いえ、軍曹は背が高いから、この混雑の中、兄さんの活動範囲まで目が届かなかったのは仕方がないことですし」住み分け状態だ、と思う。森の植物みたいだ。
「お食事をだめにしてしまって、かえってすみませんでした」
「こっちは大丈夫だから、兄さんの面倒をみてやってよ」噂どおりの兄弟だ。弟が保護者みたいだな。
失礼します、と恐縮しつつ、鎧の弟どどろどろの兄がシャワー室へ向かう。

「エドがカレーうどんをかぶった?」
こっちも昼抜きになりそうなフュリー軍曹が部署に戻ってロッカーから軍服一式を取り出し、ばたばたしているところを悪い仲間が捕まえた。昼休みに入ったハボックとブレダ。
「恐ろしそうだが、みてみたかったなぁ!」
「火傷とかはないそうなんですが、着替えないと。頭からだったんで、今、シャワー室に行ってるんです」
「でもそれじゃ、あいつにはでっかいだろ」とハボック。
「ないよりましってことで。袖はまくってもらうしかないですね」
ただでさえ、幅広の折り返しのある袖なのに。
「ちょっとかわいいかも」上司のおかしな嗜好が感染しているのか、ブレダ。
「そういう発想、早く治した方がいいぞ」
「何がかわいいんだ?」
ぼそぼそやっている後ろから割り込んでくる声が。
年若くして高い位につく敏腕上司。ちょっと困った嗜好と性格を持っているが。
「フュリー、これを」
はい、と素直に出した手に大佐から渡されたもの。
「これは…」
髪留め。バレッタとかいうヤツじゃないか。
「えーと、大佐、これはどういう…」
「頭からかぶったんだろう?シャワーできれいさっぱりしたところで着替えるのが軍服ならば」なんだ、全部聞いてたんじゃないか。
「鋼のをミニチュア・ホークアイに仕立ててみたいと思わないか?」
一同、顔を見合わせた。
ミニチュア・ホークアイ(後編)